とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

孤独な娘〜を読んでみました


ナサニエル・ウエストの『孤独な娘』
ええ、ディックの『高い城の男』で言及されている作家ですが、それが何か?

読んでみましたよ。

短いですしね、翻訳は丸谷才一ですから、文章は読みやすかったです。
「〜するところの」とか「いくつかの〜」なんて直訳丸出しなんかじゃもちろんありません。

でも、やっぱり作品自体は読みにくかった。
作品の世界観とか、当時の社会風俗とか、いろいろ、読み落としているところがあるんじゃないか、と思うのですが、一言で言うと、

何が書かれていたのか、さっぱりわからん。

『高い城の男』でも梶浦氏が、解説してほしいとチルダン氏に言ってますが、ワタシも誰かに解説してほしい。

まずですね、”孤独な娘”は娘じゃありません。
26歳の男性です。
新聞の身の上相談欄の回答者のペンネームなんですね。
ただ、ずっと”孤独な娘”のままで、本名が明かされることはありません。
身の上相談コーナーって、昔はどの新聞や雑誌にもあったらしいですね。
カタログハウスで時々特集をやっていて、結構面白い。
主人公のやっているコーナーも、単なる販促のためのコーナーで、新聞社内ではそれほど重要視されていないみたい。

でもって、どうやら身の上相談をしてくる人々は、あまり学歴のない低所得層の人たちで、主人公である”孤独な娘”や上司であるシュライクは、大学出のインテリで、出身層ももうちょっと上、らしい。
なので、相談してくる人々へは、良くも悪くも上から目線です。

解説では、主人公は、身の上相談をしてくる恵まれない下層階級の人々への共感から、心を病んでいく、とあるのですが、それほど身につまされているようには感じられない。

その上、この主人公、ちょっと暴力傾向もある。
恋人のベティにはDVチックだし、不倫相手のドリス夫人には文字通り暴力をふるってます。
酔っ払って、自分がボコられているシーンもある。

それから、ひょっとして隠れゲイなの?と思わせるようなシーンがある。
風と木の詩』は全巻読んだし、『昨日何食べた』も全巻揃えてますから、ゲイの世界に拒否感はないのですが、そう言う、紛らわしいシーンが入るせいで、作者の言いたいことがよくわからん感じになっている。
なんて言うか、共感できないんです。

まあ、26歳の戦前のアメリカ人男性で、DV傾向とゲイ傾向(これはワタシの独断ですけど)があって、階級格差が今より大きい時代のインテリ君にどのくらい共感できるか、は難しいと思うけど、そこをグイグイ読ませてしまうのが、ブンガクってものではないか、と。
おまけに、この人、

彼にとって、キリストは一番自然な興奮剤だった。

とか言ってて、キリストと変な一体感とか持っているし。

つっかえつっかえ読みました。
短いし、翻訳だって読みやすいし、各章の頭にはトピックスとなるようなタイトルもついてたんですけどね。

とりあえず、話の流れはと言うと、主人公の『孤独な娘』が仕事をしています。
いろいろな、切実だけど「本当かぁ?盛ってないかぁ?」と言いたくなるような悩み事の手紙が、出てきます。
それから、疲れ果てた『孤独な娘』が上司で先輩で、多分友達であるシュライクに励まされ、モグリの酒場に行く。
そこで、シュライクは牛みたいな巨乳で幼い顔の女の子を口説いているんだけど、後で彼は妻帯者だとわかります。

この作品には、体格が良くて支配欲の強い女性ばっかり出てくる。でもって、そう言う女性に暴力を振るう話が、やたら出てくる(私の読後感です、あくまでも)。

さて、酔っ払って帰った『孤独な娘』は夢の中で大学時代の友人と子羊を殺します。

ストレス(多分仕事の?)から強迫神経症気味になった『孤独な娘』そこでやっとこさ、婚約者の存在を思い出し、会いに行きます。
この唐突さ。
だいたい、プロポーズした後、2ヶ月もその娘さんから逃げまくっている時点で、アウトな気がするんだけど。
婚約者のベティは、せっかく会いに行ったのに、全然冷たい。
て言うか、こいつもそれほどベティが好きって感じがしない。
ベティもベティで、『あなたを愛してるわ』と言いつつ、その後すぐに『あなたがいらっしゃるまでは、あんなに楽しかったのに。今はすっかり駄目になってしまったわ。お帰りになって』とか言って追い出してます。

読み進めると、どうやら、このベティさんは”健全な世界”の象徴で、『孤独な娘』が陥りかけている”怪しい世界”から救い出そうとする存在なのかな?と思わなくもないのですが、やっていることが唐突すぎてよくわからん。

さて、追い出されて、欲求不満の『孤独な娘』くんは、一杯やりに行きます。
そこでは大学時代の友人もいて、女流作家をレイプする話で盛り上がっている。なんなんだ???
こういう、作者の露骨なミソジニーがどうにも、読みにくいのよ。

『孤独な娘』は一応、そう言う連中を下に見て、一人で飲んでいるらしいのですが、そのくせ、自分が話題になっているのを耳にすると、ついお耳がダンボになってます。
酒場でうっかりぶつかった男に、謝る間も無くボコられた後、『孤独な娘』は、公園で拾ったホームレスのおじいさん(?)を、酒場に連れて行って苛めます。ただの八つ当たり?
なんなんだ、こいつ。
弱いものいじめやん。
挙げ句の果てに、また誰かにボコられます。

悶々とするままに、ベティにも相手にしてもらえず、じゃあ、とばかりに(なんでそう言う選択肢があるんだ??)シュライクの奥さんを口説きに行きます。
シュライクは、妻帯者のくせに女の子を口説いてましたけど、嫁も嫁で、『孤独な娘』を誘惑してる。
なんだかなー。
結局、いいところで、シュライクが邪魔に入ってすごすごと引き下がるしかない『孤独な娘』。

欲求不満なまま、仕事場に行くと、「直接会いたい」と書かれた身の上相談の手紙が。
『孤独な娘』はほいほいと、手紙につられてドリス夫人に会いに行き、その場でベッドイン。

ところが、帰ってから体調不良で(良心の呵責か?一応)寝込んでしまいます。
そこにベティがやってきて、看病してくれます。
このベティもちょっと代理ミュンヒハウゼン症候群の気がありそう。

ここで、主人公がする説明が、一応この作品の世界の説明らしい。

たぶん判ってもらえるはずだよ。いいかい、最初から説明しよう。ある新聞記者が、身の上相談の係りに雇われた。発行部数を増やすのが目当ての欄なんだ。社の人間はみんな、冗談の欄だと心得ている。彼はこの仕事が気に入ってた。ゴシップ記事の係りになれる見込みもあったし、それにまあ、外回りの仕事にはうんざりしてたんだ。彼としても、これは冗談なんだと考えていた。ところが数ヶ月経つと、彼にはこの冗談がおかしくなくなってきた。大抵の手紙は、精神の支えになるような忠告を全く謙虚な心で求めているんだし、本物のの苦悩をたどたどしく表現している、、、そんな事情がわかってきたのさ。それに、手紙を出す方は彼を信じきっている、と言うことにも気がついた。俺は一体どう言う価値を基準にして生きているのか、生まれて初めて考えるはめになったのさ。考えてゆくと、自分はこの冗談の犠牲者なので、加害者の方ではない、と言うことがはっきりしてきた

のだそうですが、身の上相談を冗談だと、理解している時点でもう違うんじゃないの?

さて、謙虚な気持ちで言ったのに、ベティには理解してもらえないで「疲れているのよ」で済まされてしまう『孤独な娘』。

田舎に行けば、元気になるはずと信じるベティに誘われて、転地療法も兼ねて、ベティの実家に行く二人。
いいなぁ、すぐにお休みもらえて。

郊外のきれいな空気と、健全なベティと過ごしたおかげで、元気になったはずの『孤独な娘』でしたが、ニューヨークに戻った途端、やっぱり、駄目だと悟ります。
哀れな人々を謙虚な気持ちで救わなくっちゃ、と考える『孤独な娘』。
その考え方自体が、上から目線なんだよ?

で、ベティを振って、仕事に専念していると、ドイル夫人の夫が訪ねてきます。
と言っても、とりあえず『孤独な娘』と妻との本当の関係は知らないよう。
このドイル氏も悩みを打ち明ける手紙を持ってきたのでした。

ドイル氏と、『孤独な娘』のやりとりがちょっとゲイっぽい。
てか、『孤独な娘』の対応が。
ま、いいんですけど。

ドイル氏を家まで送っていくと、ドイル夫人が出てきます。
夫を追い出して、『孤独な娘』とまたいいことしたいドイル夫人。
ところが、『孤独な娘』はドイル夫人をボコって帰ってしまう。

そのあと、家で引きこもっていると、シュライクがやってきてホームパーティーに誘います。
内々の飲み会ですね。
そこで、身の上相談の手紙を肴に、飲んでいる人たち。
もう、プライヴァシーも、尊厳もあったもんじゃありません。

そこで、ドイル氏と思われる人物からの、妻をレイプした廉で『孤独な娘』に復讐をする、という手紙がさらっと読み上げられ、スルーされてます。

そのあと、ベティから妊娠していると知らされてプロポーズする『孤独な娘』。ベティが望むような仕事について、ベティが望むような生活をすると決心します。

その夜、キリストがやってきて、自分の身の上相談の原稿にOKを出してくれるという、宗教的体験をする『孤独な娘』。

これで、キリストと同格になって人々を救えると思った『孤独な娘』。

折しもアパートにやってきたドイル氏を、抱擁しようとしてもみ合いになり、ドイル氏に撃たれて階段を転げ落ちる、というところで話は終わります。

なんだかなー。
真面目すぎる青年が、苦悩するうちに妙な宗教的体験をして、人々を救おうとするんだけど、それまでの所業が災いして皮肉にも撃たれてしまう、という話、でいいのか?
全然、主人公、真面目にも真摯にも思えないんだけど。
最初の印象通り、DV入った変な奴です。

ディックは、この作家がよっぽど気に入ったのでしょう、『高い城の男』が作中で書いてベストセラーになる本の題名『イナゴの日』も、ナサニエル・ウエストの別の作品でした。
翻訳はされていないみたいだし、『孤独な娘』以上に不評だったらしいので、読まなくてもいいかぁ。

銃・病原菌・鉄(下)〜を読んで

下巻も借りてきました。

こちらは、上巻で広げた説を各大陸ごとに検証してます。
その検証にあたって、まず『発明』というものについて、文字を例に挙げて述べています。

発明というのは、ある程度の暇を持て余した才能ある人間がいて、その人物の発想を現実にできる、技術なり知識があって初めてなされるものなのだそうです。
言われて見たら、それはそうだな。
そして、必要があって発明されるのではなくて、発明されてから必要性が認識されるものなのだとか。
確かに、iPhoneiPad以来、私たちはそのことを実感してますね。
さらに、一つの発明が次の発明を生まれさせるものなのだと。この辺り、よくわかる。

人間の科学技術史は、自己触媒の過程の格好の例である。自己触媒の過程とは、ある過程の結果そのものがその過程の促進をさらに早める正のフィードバックとして作用する。つまり、新しい技術は次なる技術を誕生させる。故に発明の電波は、その発明自体よりも潜在的に重要なのである。

そして、いいアイデアがあれば、たとえ敵対する集団のものであっても、速やかに取り入れるのが人間。
競合する集団が、せっせと発明をしあってその技術を伝え合う状況が、一番、技術の発達をもたらす。

それが、ヨーロッパが、同じように豊かで文明も進んでいた中国を抑えて、世界征服できた理由だそうです。
中国は、ヨーロッパと違い、早いうちから一つの政治形態に支配されており、安定しているという点では良かったけれど、安定しすぎて、技術が発展しそびれた、のだそう。

確かに、イギリス軍が香港に入った時、対抗策として、便器を魔除けとして持ち出すしかなかった中国は、だいぶん遅れを取っていたとしか言いようがないし、鎖国していた日本だってお隣の先輩国を笑えませんでした。

そして、人間は農耕を行うことで、食糧生産が飛躍的に伸び、食糧生産に携わらない人間を養えるようになると、だんだん、一部の人間を支配者階級に据えていく社会形態をとるようになるのだそう。
そこから、国が生まれ、帝国が発生してしまうらしい。
それは、ユーラシア大陸固有ではなく、アメリカ大陸、アフリカ大陸でも見られており、オーストラリアでも十分な食糧生産ができていたら、いずれはそうなっていたらしい。

ヨーロッパの人間が、他の大陸へどんどん進出していき、今では先住民をほとんど辺境に追いやって、威張っているのは、まあそういうわけだから、ある意味必然なんだよね、らしいです。
はっきりとはおっしゃってませんけど、そんな風に読めてしまう。

そして、ユーラシアから持ち込んだ穀物が育たないとか、その土地固有の病気があったなどの理由で、ヨーロッパ人が上手く定着できなかったところに、細々と生きながらえている先住民がいるのが、現状。

でも、それは現在の地球の状態であって、遥か過去には、同じようにユーラシア大陸から、他の大陸に進出してきた人類がいて、彼らはその後、移住先の大陸の自然環境に合わせて、今までの技術を捨ててしまったり、別の技術を発展させたり、十分な時間(何千年単位だけど)があれば発展できた技術もあったのに、条件が悪かったせいで、ユーラシア大陸に遅れを取ってしまった。

幼稚園までは一緒だったんだけど、のんびりした学校に進学した子が、バリバリ進学指導する学校に進学した子に、お受験で負けちゃうようなものでしょうか。

移住していった人類の足跡を、言語学と遺伝子で推理していく話が展開されます。
それによると、人類は一度に世界中に広がったのではなくて、波状に何回かに分けて、広がっていったよう。
そして大抵の場合、後から来た人間の方が、先住民よりも、技術が発達していたので、先住民をより不毛な地に追いやって、豊かな場所を占拠して、場合によっては先住民を虐殺、吸収していったのでした。

そう考えると、今のヨーロッパ人のアメリカや、オーストラリア、アフリカへの進出は、長い歴史で見ると仕方ないのかしらね、という気もしてくる。
地球はすっかり狭くなってしまいましたから、この先、ずっとヨーロッパ種族の支配が続くのでしょうか。

でも、最近では最先端の技術は、今まで発展途上国と言われていた国での方が行き渡っているという話もあります。
携帯電話、インターネット、最近話題の電気自動車。
再生可能エネルギーだって。

だから、今後はアフリカ、アジアのヨーロッパへの巻き返し、だってあるかもしれない。
数百年後の歴史の教科書には違うことが書かれているかもしれません。

その頃にも、日本はたくましく生き残っていると、いいな。


読んでて気になった細かい点。
例えば、日本で学ぶのも表記も簡単な、ひらがなやカタカナの代わりに漢字を多用するのは、漢字を使う方が知識階級人として評価されるから、という説。
これはちょっと違うと思います。
日本語は同音異義語がものすごく多いので、漢字で使い分けないと意味が通る文章にならないから、じゃないかな。
著者は奥さんが日本人とのことで、日本についてよく言及してますけど、彼の説、奥さんからダメ出しされなかったのか?

また、中国語があの広大な大陸で、一言語として話されてきたのは不思議だと、言及されてますけど、そもそも、中国語表記って、ヨーロッパのラテン語みたいなもので、最初は官僚や知識階級が使う共通語だった、という話を読んだことがある。
だから、話し言葉はほとんど通じないのだそうです。
表記と文法が共通しているだけなんですって。
意味が通れば、どう読もうと発音しようと、関係なかったらしい。

中国の人と話してて、どうしても通じないときは、漢字で書くとなんとか通じる、ということがあるそうです。
私は中国に行ったことないし中国語も話せないけど、映画や動画を見てたら看板の漢字でなんとなく意味がわかること、あるもの。

ちなみに妹は中国語を勉強しましたけど、北京語なので台湾や東南アジアの人々の話す広東語は、聞き取れない、と申しておりましたっけ。

同じような言葉としてなら現代で言えば、英語。
英語ってそこそこ使える人、世界中にいる。
だって、使えると便利だから。
日本だって、小学生も片言で話せます。

でも、発音はまちまちだし、お互いに聞き取れないこと多い。
ネイティブの発音、って言葉があるくらいですから。
文法と表記が共通しているから、文書にすれば通じるってだけで。

用法が国によって違うことも結構あって、それ関連の本だっていっぱいありますよね。
それでもほかの言語に比べたら、アルファベットとか、さし示す事柄、対象が共通だから使える。

世界中でみんなが使っているから、英語が共通語になっているだけで、イギリスやアメリカが偉大だからではない、ということは言うまでもありません。

銃・病原菌・鉄(上)〜を読んで

”バーナード嬢曰く”で町田さわ子が『読んだふり』をしていたので、そういえば、以前評判になっていたな〜と思い出し、図書館で借りて来ました。

当時のアマゾンレビューを見て、読んだ気になっていました。
まさに町田さわ子的『ちゃんと読んでない』状態。

反省して、真面目に読んでみると割と面白かったです。

人類の文明の発達となった要因をいくつか考察している本です。
そして、文明の発達から科学、経済の発達の地域差が何故生じたのかを著者独自の視点から展開しています。
最終的には、現代においてヨーロッパ文化が世界を牛耳ることになった理由を考えています。
著者は、ヨーロッパ文化が現在を仕切っているのは、別にヨーロッパ人が優秀であったせいではない、としつこいほどに強調してます。
けっこう、欧米では批判されたのでしょうね。

ともあれ、たまたま地政学的に有利だったから、という説にはなるほど、という気がします。
別に、ヨーロッパ人種が特別優れていたわけではない、という説は今更言われんでも、と思うのは私がアジア人種だからですけど。

さて本はまず、世界中に人類が拡散したところから、スタートして世界の様々な民族の特性の違いや、インカ帝国を支配したスペインの話が出てきます。
この辺りで、なんだかどこかで読んだような話だと思ったら、離島研究の本にあった話とよく似て言いました。

島と島、大陸と大陸、スケールは違いますが、長〜い目で見たら同じようなことみたいです。
つまり、ある大陸(ユーラシア)では家畜に適した大型哺乳類が何種類もいて、農耕に向けて改良しやすい植物がたくさんあったけれど、別の大陸(南北アメリカ、オーストラリア)ではそこまで恵まれなかったため、農耕が発達せず、それでその他の技術が発達し損ねて、そのため最終的に世界征服競争に負けてしまったのだ、という説です。
間に海があるせいで、一つの大陸で生まれた技術なり文化が、別の大陸に伝わることが難しくて、そのため、別々に発達せざるを得なくて、近世になって、お互いが出会った時にはその差が大きくなっていた、ということですね。
ユーラシア大陸も、広くてヨーロッパとアジアに分かれるけど、そこはざっくりひとまとめになっていてます。

第二部で、まずは食糧生産の違いについて話が始まります。
なぜ人類は『栽培』という方法を発見したのか?
という話。

たまたま、『栽培』に適した植物が生えていたから、と言ってしまえばそれまでなのですが、『栽培』に適した植物というのは、自然界では繁殖できない突然変異種なのだそう。
実った種が勝手にばら撒かれずに房のままでまとまっているとか、毒のある成分を作らない、とかですね。
だから、普通の状態では滅多に見つかりません。
あっても一代限りだったり。
たまたま出てきた変異がちゃんとその性質を次の代にも継承される植物がいて、それが人類のお口にあっていて、栄養にもなって、初めて『栽培』種になるのだそう。
そういう特別な変異種が、多種生えていたのがユーラシア大陸でした。
もちろん、アメリカ大陸にもアフリカ大陸にも植物はたくさん生えていたけど、人類の利にかなう植物は少なかった。
さらに、『栽培』可能な植物が伝播する=人類が農耕生活を広げられるためには、東西に広がっていることが必要でした。
それはそうですよね、同じような降水量や気候でないと、植物は育ちません。
改良には長い年月がかかります。

そして、さらに人類が農耕や牧畜を始めた頃に、ちょうど頃合いの家畜に適した哺乳類が、これまた数種類存在していたのがユーラシア大陸
家畜に適した性質の哺乳類って実はすごく少ないのだそう。
キリン、ライオンは言うに及ばず、シマウマも、カバも家畜にはできないそうです。
象も実は、野生種を訓練することはできても、家畜として繁殖することはできていないのだそう。

そして、一番大きな要因。
それが、感染症
家畜を飼うことで、元は家畜だけの病気だった感染症が、人間にも感染するようになります。
結核も、天然痘も元はと言えば、人間以外の哺乳類の病気だったそう。
最近でも、エイズとかエボラとかインフルエンザとか、ありますね。

その病気は、大抵は致命的でした。
けれど、長い歴史の中で人類も病気に対する免疫を身につけます。
ついでに治療法も。
でも、アメリカ大陸や、オーストラリア大陸の人類はそういう免疫を身につける機会がありませんでした。
実際、大航海時代ユーラシア大陸から人間が他の大陸に行くと、疫病が大発生して、たくさんの先住民が亡くなっているそうです。
実は、戦争が始まる前に持ち込まれた病原菌(ウイルス)で、先住民はやられてしまっていたのでした。
と言うのが、著者の主張する点。

確か、島研究の話でも、島固有の自然体系というのは島独自のもので、外部から別の動植物が持ち込まれると、あっという間に消えてしまうのが問題だ、と言われていました。
同じことが、人類レベルですでに起きていたのですね。

じゃあ、なぜ、ユーラシア大陸の人類は他の大陸から同じように、その土地特有の感染症にやられてしまわなかったか?
というと、家畜の種類が他の大陸では少なくて、感染症がそれほど多くなかったから、だと著者は言います。

なるほど。

でも、全然家畜がいなかったわけじゃないので、ちょっと怪しい気もする。
多少は影響してたかもしれないけれど、それより、運搬に適した家畜(馬とか牛とか)がいたおかげで、車輪の発明から、輸送方式などの発達=軍備の充実が、他の大陸文明と比べて有利になれた理由、という方が大きいような気がする。

そういえば最近は交通の発達に伴って、エボラ出血熱のように致命的な病気がアフリカから入ってくるようになりましたから、先のことはわかりませんね。
もしかしたら、アフリカから持ち込まれたエボラ出血熱パンデミックで、欧米やアジア社会の人口が、激変または絶滅してしまって、数百年後には別の歴史書が書かれているかもしれない。

ヨーロッパがアジアに比べて戦争に長けていたのは、統一された大国が生まれてこなかったせいで、常に競争があり、様々な発明がされやすかったから。
人間は、そちらの方が理にかなっていると思えば、敵の文化でも抵抗なく吸収します。
そのことを著者は、鎖国状態からいきなり開国してあっという間に軍備を充実させた日本や、ニュージーランドの部族に広まったマスケット銃を例に挙げて説明しています。
そこんとこはわかりやすい。

まとめ、ユーラシア大陸は他の大陸と比べて、地勢的な点と植生、動物分布の点で恵まれていたので、農耕と畜産が発達し、それで色々な文化や技術が発達できた。
アジアとヨーロッパは同じ大陸内にあったのに、ヨーロッパが勝ったのは、ちょっとした偶然の重なりのおかげでしかない。
最後の部分は、欧米の知識人には衝撃だったかも。
それも、アメリカ人の大学教授が、言ってるわけだし。


ちょっと重箱を突く的なこと。
ネアンデルタール人クロマニヨン人によって絶滅させられた、という説。
これは、最近両者が交雑していた証拠が見つかりました。
最近の発見らしいので、この本を書いていた時点では知らなくて当然かもしれないです。

なんだかんだ言って、実は病原菌がユーラシア大陸人の世界征服を可能にしたのでした、という説。
そしてそれには、家畜化の歴史や農耕の歴史が関わっていたのです、という説、は面白かったです。

そういえば、火星人も圧倒的な軍事力を持っていたのに、地球土着の病原菌にやられてましたっけね。

突っ込めば、色々無理のありそうな説ではありましたが。
さらに詳しいことは下巻にか書かれているのでしょうか。

献体する人が増えているらしい〜Yahooニュースから

Yahooニュースを見ていたら、こんな記事がありました。

headlines.yahoo.co.jp

私の祖母は、父方と母方と二人とも献体をしています。
先に亡くなった母方の祖母は、医者の家の娘でしたので『医学の進歩に何かしら役に立つことをしたいから』と言って、献体しました。
父方の祖母は、母方の祖母とそれほど親しかった様子はないのですが、『私も見習いたいから』と献体しました。

二人とも、育った環境も学歴も全然違いましたけど、どっちも同じことを考えていたのだな、と思うと不思議です。

最近の献体希望者は、医学の発展に貢献したい、という気持ち以外に、後に残る家族や親族に負担をかけたくない、という気持ちもあるそうです。

確かに、献体するにあたっては、事前に申し込みをする必要はありますが、遺族が実際にすることはすごく少ないです。

亡くなった際に、病院に検体のことを話し、登録している大学に連絡をする。

遺族がすることはこれだけ、です。

我が家の場合は、夜でしたが24時間対応でした。
指示に従い、指定の業者さんに連絡を取るか、大学からの運搬車に乗せてもらって、お別れです。
病院によっては霊安室に移して、お線香をあげさせてくれるところもありました(母方の祖母の時はそうでした)。

あとは、お勤め(?)を終えて火葬と合同慰霊祭が終わったあと、お骨を受け取りに行きます。
合同慰霊祭も、希望すれば遺族として出席できますし、一緒に火葬してもらいたい記念品があれば、一緒に納棺してもらえるそう。

お骨を引き取りに行った時には、香典として金一封いただきました。
簡素ながらもきちんと桐の箱に収めてありました。

簡単といえば、簡単。
身寄りがなくて、周りに迷惑かけたくないし、地域のお世話にはなったから、最後くらいは役に立ちたい、という人には良い選択肢になると思います。
私も実は、検体、するつもり。
一応、意思表示カードには臓器提供も含めてサインしてあります。
やっぱり、祖母たちと同じ思いがあるので。
何かしら、世の中の役に立てるものが自分にはある、って思えるのはいいことだ、と思うし。

ただ献体すると、お葬式関係が簡単に済ませられるか、と言うと、そこは疑問です。

実際、父方の祖母の時は、ちょっと親族内でもめました。
お葬式をしなかった(後で、お骨が戻ってから告別式をしました)こととか、戒名を亡くなって”直ぐに”つけなかった(告別式のあとつけようと思ってたので)こととか、ですね。

ちょっとその辺は、しこり、というほどでもないけど、引っかかりにはなっているので、自分の時は、ちゃんとそこまで指示しておかないと、とは思ってます。

ちなみに、この際だから言っておきますが、戒名はいらないからね!!

親がつけてくれた名前だけで、十分です。
ブログや何やらで、すでに好き勝手な名前を名乗ってるし。

よく知りもしない人に、ちょっと聞きかじっただけで私の人生を評価した名前、なんてつけて欲しくないし、そこにお金を払うなんて、もってのほか、と思っているので。

第一、仏教徒として埋葬されたいか、というと、母方が神道でしたから『神道でいいやん』って思っている。
祝詞って、聞いてると面白いですよ。

ただ、相方のおじさんとこは仏教だし、生き残った家族が、あとあと嫌な思いするくらいなら、好きにしていいよ、とも思ってます。

いつの間にか模様替え

窓の修理をすることになり、目障りなものを隔離するためと、作業用のスペース確保のための大掃除を始めたら、いつの間にか模様替えになってしまい、寝室と服をしまう収納部屋を入れ替えました。

と言っても、我が家は部屋割りできるほどのスペースはなく、単純にワンルームが二つ上下にあるだけの間取りなので、今まで寝ていたスペースに洋服ダンスを移して、洋服ダンスがあった側にベッドを移しただけなんですけどね。

今までは、一番日当たりが良くて広いスペースに、でかい洋服簞笥がどんと置かれて、その周囲に、まるで城下町か門前町のように、引き出しだの、オープンラックが、ごちゃごちゃと置かれて、バザールのような様相になっておりました。
どうして、そういうことになっていたかというと、二匹の育ち盛りの子虫がいた頃は、成長に伴いどんどん増えていく服と、思春期の様々な面倒臭い状況に対処しないといけない、という現実が相まって、一家の服を全部、まとめて収納&管理するために、一番広い場所が必要だったのですね。

でも、もう子虫たちはとっとと出て行ってしまい、当分というか、今後は戻ってくることはなさそう。
占拠されていたかなりのスペースが、空きました。
だけど、相方のおじさんが物が捨てられない人で、やたらと服があるから、なんとなくそのまま収納場所が変わることなく、使われていたのでした。

でも、せっかくの陽当たりと、広々スペース。
寝室にして、気持ちよく目覚めたいもの。

そもそも、洋服簞笥がでかいため、そこにしか置けない、と思っていたのが間違いでした。
よく考えたら、もう少し狭いスペースにだって置けなくはないのです。
タンスだけならね。

試しに置いたら、ちゃんと置けたし。
そこで、その洋服簞笥に付き従うオープンラックや引き出し類も移動。
ところが、移動先は前より少々というか、前の場所三分の二くらいのスペースしかない。
なのでラックは全部入れると、人間が動き回れない。
ちなみに、我が家は洋服箪笥が二つあります。
大きい方が相方のおじさん、小さい方が私。
さらに各々が、入りきらない分を収納するためのオープンラックやら引き出しやらを購入している。

私は自分でも言ってますが、母方の祖母ゆずりの着道楽で、洋服大好き。
買うのも着るのも、好きです。
でもその分、まめにチェックして普段から断捨離を心がけております。
シーズン変わり時のチェックだけでなくて、シーズン中でも、もう着そうもない、と思ったら処分、処分。
だから、いざとなるとラック一つ分くらいは、整理がつくのです。
今回も、前から迷っていた服を良い機会なのでと、数枚処分して、服の収納をちょっと変えたら、オープンラック一つに縮小できました。

問題は、相方のおじさん。
奴は、捨てない。
おまけに、二十歳の頃からサイズがほとんど変わらないので、サイズが合わない、ということもない。
二十歳の頃からの服が、幾重にも積み重なっている。
だから、私より確実に多くの収納スペースを確保している(確実に1.5倍はあると思う)にも関わらず、服が全部収納できない。

我が家は、基本、服は自己管理です。
私だって仕事してますしね。
いちいち、パートナーの服なんて整理してる暇なんてありません。
服買うのだって、空いた時間は自分の服を買うのに使いたいので、相方の服なんて滅多に一緒に買いにもいかない。
おじさんは自分で勝手に買ってきてます。
おしゃれ着を買うなど、私や娘の意見を聞きたい時だけ、一緒に行ってます。

洗濯物は、手が空いている方が洗濯機を回して、手が空いている方が干します。
取り込みと収納は各自の責任。
おじさんは畳むのが面倒なのか、ほとんどの服をオープンラックにハンガーごとかけて、それに収まらない分はラックの棚部分に積み上げている。
引き出しも持っているけど、ちゃんと活用しているのかどうかは不明(中見てないから)。

この度、二つのオープンラックに積み上がっていた奴の服を、一つのラックに収めるべく畳んであげました。
仕方ないからね。
一体どんだけ持っているんだ?こやつは、と思うくらい同じような物が、何枚も出てくる。

おパンツは14枚。
幾つお尻があるんでしょう?
一日に3回くらいパンツ変えてんのか?
それともサルマタケの培地用??
あとは、五分丈の冬用のとか、スポーツ用のとか。
下着のシャツはノースリーブだけで、やっぱり14枚超え。
毎日洗濯しないご家庭でも、その半分で済むと思うのだけど?
それに半袖のとか、保温下着とか、あれこれ。
黄ばみがひどくて、畳む気もおきない数枚は、こっそり回収して処分させていただきました。

それでも、下着の山一つ。
これに、あとはトレーナーでしょ、Tシャツでしょ、長袖&半袖シャツでしょ。
それぞれに山ができていく。
半分くらいは、生地も傷んでよれよれで、私としては処分したかったのですが、『断捨離の原則その1:家族のものは、処分してはならない』を思い出し、我慢我慢。


全部畳んで、積み上げてあげましたよ。

全然着てない、と思しきものも結構あるから、いい加減処分して欲しいのだけどな。

窓の修理

窓枠の異変に気がついたのは、この夏。

ご存知のように、鹿児島には桜島という活火山がございまして。
ここ数年は、割と大人しいけど、それでも、時々思い出したように噴火しては、市内に火山灰を振らせております。

細かい火山灰は、しっかり窓の隙間をすり抜けて家の中にも入って来ます。それで窓のところに火山灰が積もるんですね。
結構汚れます。
普段は不精を決め込んでいる私ですが、さすがに、あまりひどい時は窓枠の掃除もせざるを得ません。

ちなみに、窓枠や桟の掃除ですが、いろいろ試した結果、ペンキ塗り用の刷毛が一番いいみたいですね。
私のお気に入りは、ホームセンターで売ってる普通のはけ。
幅は広めがおすすめです。
見た目は全然オシャレじゃないですけどね、使えますよ〜。

で、その日も、灰がだいぶ入り込んでいましたので、”仕方ないなぁ”と刷毛でごそごそ掃除してたんですね。
我が家の窓は、縦滑り出し窓、というやつで、窓が外に向かって開きます。
で、くるくると取っ手のところを回して開けて、隙間のところに溜まった灰を掃き出して、さて閉めよう、と思ったらば、閉まらない。
よく見たら、窓枠の木の部分からなんかボロボロ落ちてくる。

あらあら、困ったわね〜。

とその時はまだ呑気なもので、とりあえず、家を建てた時の会社に連絡を取りました。
地元の会社ですけど、建てた後のメインテナンスもしっかりしてくれる会社なんです。

すると担当さんが、「すぐ伺います!」と来てくれまして。
一目見るなり、『窓枠ごと腐ってて、いつ外れて落ちてもおかしくない』状態。という、診断。
これって、かなり危険な状態、だそうです。

末期の状態ですね。
えええええっΣ( ̄ロ ̄lll) 

問題の窓は二階にあって、ちょうど雨風がよく当たる場所。
そこに、積もった火山灰が保水効果を発揮してくれて、いつの間にか窓枠が腐っちゃったんです。
なにぶんにも、狭い敷地いっぱいいっぱいに建てている我が家。
そっちの側は、塀も何もなくてすぐお隣の駐車場。
気がつかないで、開け閉めしてたら、ある日、窓枠ごとごそっと落ちて大惨事になるところでした(汗)。

担当さんが、きっちり閉めて直してくれて、交換までは絶対に触らないように、厳重注意となりました。

そして、待つこと4ヶ月。

やっと、やっと、窓がやって来ました。

今年の夏は、窓が開けられなくて暑かったぁ、、、なんてことも忘れかけている年の瀬。
今年中には、なんとかなるのだろうか??
と不安になっていたところでした。
よかったよかった。

今日は、いよいよ、窓の入れ替え工事の日でした。
そこまではよかったんですけどね。

問題の窓は、家の一番にあって、そこにアクセスするには、数多のごちゃごちゃを乗り越えていかねばならない。
工事の人に入ってもらって、窓をはめ替える作業をつつがなく行える場所を確保し、かつ我が家のあんまりお見せしたくない雑多なものものを、一時的にでも撤去する必要性が、浮上してまいりました。

さあ大変。

折しも、相方のおじさんは、こういう時に限って前日から、週末いっぱい出張です。
頼りにならん奴┐(´∀`)┌。

というわけで、急遽、一人で大掃除開始と相成りまして。
片付けているうちに、なんとなく、家具の配置なんかも気になりはじめまして、それで、ついでに模様替えまで始めてしまいまして。

ええそれも、タンスの位置から、寝室の場所から総入れ換え、という大々的なものに発展。
これって、大掃除の時のありがちパターン?

一人で、箪笥やらマットレスやらをゴソゴソを移動して、合間に掃除して、と奮闘しておりました。

こういうことって、きりがないんですよね。

もう疲れたから、この辺で終わろうかな〜と思っても、ちょっと休憩して眺めていると、『あ、ここなんか気になる』とか『後、ちょっとだけやちゃおう』なんてことになってしまって。

というわけで、金曜日の夜、一人で夜半近くまで模様替え&大掃除。
出張から帰って来たおじさんは、びっくりするだろうな。
わはははは

窓も無事についたし、これで安心して年が越せそうです。

あとは、筋肉痛が怖い。

ゲット・アウト〜観てきました

鹿児島(地方)で映画を観ると、良いこと。

①いつ行っても映画館が空いている。
②上映されるのが遅いので、ネタバレを含めてレビューを事前にチェックできる。
③同じく、観たい人は見てしまっているだろうから、好きなだけネタバレしながら感想がかける。

こんなところでしょうか。
というわけで、ゲット・アウト。
しっかりネタバレしてます。

ホラー映画は、元来苦手、なのですが、これは予告が面白そうだったのと、大好きな”サイモン・ペッグニック・フロスト”テイストの映画、だと誰かが書いていたのとで、それは観なくちゃっ、と公開初日に観て来ました。


相変わらず経営状態が心配になるほどの、客の入り。
初日だというのに、ほぼ貸切状態です。
真ん中の席で、ゆったり広々、楽しんで参りました。

ドッキリシーンは苦手なので、あんまり心臓に負担をかけないようにと、予告編を何度か観て予習しすぎたせいか、始まってすぐくらいに「これって、こういう話?」とあたりがついてしまったけど、それはそれで、本当に予想通りに展開するのか、どきどきしながら観ることが出来ました。

一人の黒人男性が、深夜の閑静な住宅街の中を携帯で話しながら歩いているところから始まります。
確かに日本ほどには安全な国ではなさそうなアメリカですが、いかにも、平和で安全そうな住宅街。

ところが、黒人男性は怯えています。
電話でも、「俺みたいのが、こんなところで知らないやつに誰何されたらやばいよ」とかなんとか言ってる。
普通なら、夜に子供が歩いてても大丈夫そうな街なのに、白人ばかりの街に黒人がいるだけで、通報されて逮捕されたり、場合によっては自警団気取りの住民に撃ち殺されたりしてしまうアメリカ。
実際、オバマ政権の時にも、学校帰りのごく普通の高校生が撃たれて亡くなってましたね。

電話の内容では、恋人がこの近くに住んでいて訪ねてきたものの、道に迷ってしまったもよう。
そこに、音楽を流しながら一台の車がやってきます。
意味ありげに、彼の横でスピードを落とす。

逃げようか、どうしようか。

ちょっと先で、停車する車。
近所の人かもしれないし、そうじゃないかもしれないし。
普通だったら、道に迷っているんだし「ちょうどいいから道、聞いちゃお」と思うはずなのに、ビビっている彼。
踵を返して立ち去ろうとした瞬間、背の高い男に後ろから羽交い締めに。男は黒い兜のような仮面をかぶってます。ちょっとKKKを思わせなくもない。
男のヘッドロックで気を失い、そのまま車のトランクに詰め込まれる黒人男性。
流れている、すごくテンポの良い明るい音楽が、不気味さを強調。

そして、本編へ。

黒人のクリスくんは、恋人のローズと彼女の実家を訪れることになっています。
クリスくんは、新進気鋭の才能あるカメラマン。
恋人のローズは白人。
名前もローズ・アーミテージという、いかにも東海岸の名家出身というお名前。

出かけるに当たって、クリスはローズに確認します。
「ご両親に、僕が黒人だって、伝えてあるの?」
クリスは自分が黒人で、その事が白人の両親にとっては緊張をもたらすものだと自覚していて、それに対して現実的に対処している人物なんですね。
実家に向かう途中、事故を起こしたローズが州警察を呼んだときに、助手席に乗っていただけのクリスが(おそらく黒人だという理由で)身分証提出を求められた時も、特に、葛藤も躊躇もなく穏やかに差し出しています。
むしろ、過敏に反応しているローズをたしなめていたり、うまく冗談で収めようとしている。
そのシーンだけでも、クリスくんは常識的な人間だとわかります。

一方、ローズは両親に彼が黒人であることを伝えてはいない、と言います。
だって、わざわざ伝えること自体が、差別なんじゃないの?
と、ちょっと頭でっかちで、理想主義的な感じのローズ。
州警察にも食ってかかってましたね。
苦労を知らない理想主義の白人のお嬢様、という感じ。

ローズの実家は、大きな湖の半分の土地を占める広大な敷地を持った、裕福な家でした。
父は神経外科医。
母は精神科医です。
さらに父の後を継ぐべく医学部で学んでいる弟もいて、ローズの祖父母を偲ぶパーティのため、帰省してきていました。
実は年に一度、既に亡くなったローズの祖父母を偲ぶパーティを親族や土地の名士を招いてこの週末に行っていたのでした。
ローズはうっかり忘れていた風でしたが、なんか怪しい。

一家は、黒人のメイドと庭師を雇っていました。
父親が、クリスに彼らを雇ったのは両親(ローズの祖父母ですね)の介護をするためだったのだけれど、亡くなった後も解雇できずにいてもらっているのだ、と説明します。
郊外の豪邸で黒人を雇っている、というのは、いかにもなんだけれど、実は違うんだよと、やけに細かく言い訳する。
それが、またかえって普通で無い感じを強調。
その雇われているメイドのジョージナや庭師のウォルターの表情や動きが、どこかちぐはぐなんですね。

やたらニコニコしているジョージナの怪演がすごい。
母のミッシーも、やたら、カップやアイスティのスプーンをかちゃかちゃ鳴らしてて、なんか変。
家族や、召使いたちがみんなやたらとクリスに優しいのに、逆に敵意むき出しの弟ジェレミー。
これは、大好きな姉を取られそうで嫉妬しているから?
この弟もちょっとキレてそうで、怪しい。
家族でのディナーの終わり頃、デザートを取りに行こうとする母がダイニングの扉を開けると、やけにナイスなタイミングで立っているジョージナ。なんか変。

夜にこっそりタバコを吸おうと、外に出たクリス。
一応、周りには禁煙を始めたと言っているのですが、どうにも変なローズの家に来て、ストレスが溜まって吸いたくなった模様。

外に出たクリスに向かって、ものすごい勢いで、走ってくるウォルター。
無表情に通り過ぎていくのが、何もされていないのに、怖い。
ふと部屋を見ると、メイドのジョージナが窓辺に。
彼女は窓に映る自分の姿をうっとり眺めている。
なんか変。
部屋に戻ろうとすると、母ミッシーが、仕事部屋にしているという小部屋(Boudoir/ブドワール*ってやつですかね)にいつの間にかくつろいでいる。
家を出るときは、電気ついてなかったんじゃない?

どうやら待ち受けていたらしい、母ミッシーに、クリスの亡くなった母のことについて『話しをしましょう』と誘われて、クリスはまんまと催眠術にかけられてしまいます。

翌朝、催眠術のことをローズに話すと、激おこのローズ。
「こんなことするなんて信じられない」とめっちゃ怒ってます。
かえって、「いや、それで禁煙に成功できたし」とフォローしてしまうクリス。

白人だらけ(になるであろう)パーティに気乗り薄なクリス。
でも愛するローズのために、頑張って乗り切ろうと決心します。
夫の実家で、盆暮れ正月を乗り切る嫁の気分ですね。

次々を真っ黒な高級車に乗ってやってくる客たち。
全員、ほぼ白人。
ローズの父ディーンもそうだけど、パーティの客たちも、やたらクリスに対して、フレンドリーだし、黒人を持ち上げるような話題を出します。
それも、わざとらしいくらい。
クリスは、白人だらけのパーティ会場に一人の黒人がいることに気がつきます。
ところが話しかけると、その黒人男性、なんとなく会話が噛み合わない。
それに言葉遣いも、服装も身のこなしも、なんだか古風です。

ふと思いついてスマホを取りに屋敷に戻るクリス。
クリスが視界から消えた途端、会話が途絶え、クリスの行き先を凝視する出席者たち。

二階には、ジョージーナが。
彼女の満面の笑みで、涙を流す顔が怖い。
何か、内部に別のものがいて、出てこようともがいているようにも見える。

クリスが、スマホでもう一人の黒人青年を撮影するときに、うっかりフラッシュを作動させてしまうと、その途端、豹変する青年。
『出ていけ(GET OUT)!』
と叫んで、クリスに掴みかかってきます。

豹変した青年が気になったクリスは、ニューヨークの親友ロッドに、撮った映像を送り尋ねてみます。
その青年は、二人ともよく知っている人物でした。
でも、まったく雰囲気が違っています。
戸惑うクリスに、『そこはおかしいから、早く逃げてこい』というロッド。

クリスが席を外している間、どうみてもオークションをしている父ディーンと出席者たち。
その商品はクリス。

やっぱりおかしい。

ロッドに促され、自分でも怪しいと感じたクリスは、家を出ようとします。
荷造りをしていると、ローズの私物と思われる箱を見つけます。
そこには、他の黒人男性とローズとツーショットの写真。
それも何枚も。
毎回、違う黒人男性。
ジョージナと肩を組んで写っている写真も。

おかしい、おかしい。

とにかく家を出ようとするクリス。
写真に写ってる時点で、ローズも怪しいのだけど、そこはまだ信じているのでしょうね。
一緒に家を出ようとします。
階段を降りると、ラクロスのラケットを持って玄関ドアの前に立ちふさがる弟ジェレミー。
近づいてくる両親。
どういうわけか、バッグから鍵が見つからない、ローズ。
焦るクリス。

やっぱり、ローズもグルでした。

時すでに遅し、催眠術の影響で金縛りになってしまうクリス。
次に気がついた時、革張りの椅子に拘束されている。

アーミテージ家では、催眠術と脳外科手術を組み合わせて、脳を入れ替える手術をしていたのでした。
入れ替えるといっても、全部そっくりではなくて、一部だけを移植するため、被害者は意識を保ったまま乗っ取られてしまうのです。
雇われている黒人使用人たちのおかしな様子や、パーティでの青年の振る舞いはそのせいでした。

逃げたくても催眠術のせいで、カップを叩くスプーンの音を聞くと、金縛り状態になってしまうクリス。

一方、連絡が取れなくなったクリスを心配する友達ロッド。
ローズとの電話で、ローズが怪しいと気がつきます。
しかし警察に、推理を話しにいっても、大笑いされておしまい。

その間も、移植のための準備は着々と進んでいます。
ローズはといえば、次のターゲットを探してネットサーフィン中。
イケメンの黒人男性たちを、まるでカタログ雑誌を見るように眺めています。

絶体絶命のクリス。

眠らされている間に、無意識に掻きむしった椅子の肘掛部分からはみ出た綿を見て、あることを思いつきます。

スプーンの音刺激で、意識を失っているクリス。
クリスを搬送するために助手役をしている弟がやってきます。
拘束具を外し、車椅子に移そうとした瞬間、クリスに殴り倒されます。
はみ出た綿で、耳栓を作ってスプーン音を遮断していたのでした。
自由になったクリスは、今までの仕返し(脳を移植された他の黒人たちの仇?)とばかりに、父ディーンを倒し、母ミッシーを倒します。
意識を取り戻した弟ジェレミーも倒し、弟の車に乗って逃げ出すクリス。
戦いの反動で壊れた照明や家具から火がつき、家は火に包まれます。

ジェレミーの車の運転席にさりげなく置いてある黒いマスクは、オープニングで男が被ってた奴でしたね。

そこに、追いかけてきたメイド・ジョージーナが、車にぶつかり倒れてしまう。
実は、クリスには幼少時に母をひき逃げで失った、というトラウマがありました。
倒れているジョージーナを見捨てていけないクリス。
彼女を助手席に乗せます。
しかし、彼女はローズの祖母に脳を移植されていました。
「よくも私の家を壊したわね」
と怒りのジョージナ(=祖母)に襲われるクリス。
横転する車。
かろうじて助かり、ふらふらと逃げ出すクリス。
庭師ウォルター(=祖父)が、ものすごい勢いで走って追ってきます。
その後からは、ショットガンを持ったローズ。

追いつかれて絶体絶命のクリス。
とっさに持っていたスマホのフラッシュを焚きます。
様子の変わった、ウォルター。
『自分がやる』
と、ローズのショットガンを受け取ります。

そして、銃を構え直し、ローズを撃ちます。
フラッシュの効果で、一時的に本来の自分を取り戻していたのでした。
その直後、ショットガンでわが身を撃って自殺します。

倒れているローズの息の根を止めようとするクリス。
でも、『愛してるわ』と言われると、どうしても力を入れることができない。
葛藤していると、そこのパトカーが。
どうみても、クリスに不利な状況。

しかし、やってきたのは交通警察に勤めている親友ロッドでした。
ぐったりとして、助手席に乗り込むクリス。
『だから言ったろう』と言いつつ、クリスを連れてその場を離れるロッド。
置いていかれたローズが息をひきとるところで、話は終わります。


最初の構想では、やってきた警察にクリスが犯人にされてしまう、と言う、ブラックな終わり方の予定だったそうです。
ところが、最近、故なく黒人が警察に射殺されると言う事件が頻発していて、シャレにならなそうだったので、親友がやってきて助かる、と言う結末に変えたのだそう。
とはいえ、この事件が明るみに出ると、やっぱりクリスは無事では済まされないのでは?


この映画の怖さの一つが、言葉にされてない部分に存在する本音。
登場する白人たちは、心から黒人に憧れてるし、大好きなんです。
ただその好きさが、変なんですね。
彼らのクリスへの好意の言葉に嘘はない、ただその好意の内容と方向性がおかしい。
自分の欲望のために利用できる、素敵なガジェット、くらいの認識。
相手に、人格とか、尊重すべき意思があるなんて、思ってない。

旧約聖書にある『神は、人間を創造し、「これに海の魚と、空の鳥と、家畜と他のすべての獣と、地のすべての這うものを治めさせ」ることとし』と言うくだりを思い出します。
欧米的には、自然というのは人間のために神様が作ったものなので、よりよく利用するのが人間の使命なのだそう。
映画の白人たちにとって、黒人はよりよく利用するための動物と一緒、だったのかもしれません。
ジョージーナの身体を乗っ取ったローズの祖母は、日々その美しい身体を利用している”私”にうっとりしていたのでしょう。
気持ち悪い〜っていうか、怖い、怖い。

いろいろ考えさせられる、映画でした。



✴︎Boudoir/ブドワール
貴婦人用の小部屋のことで、元々はフランス語の「bouder/不機嫌」になるという動詞から来ているそうで、家庭のいろいろなストレスから不機嫌になった女性がこもって、気持ちを落ち着かせる場所、だったのかな。
今だと、お母さん用の家事コーナー、みたいなものでしょうか。