定年制って日本独特の慣習なんですか
新聞のコラムを読んでいたら、定年という制度は日本独自の慣習らしい、という話が載っていました。
へぇ~知らなかった。
欧米の国では、公務員とか、一部の職種以外は原則的に禁じられているそうです。
年齢差別になるから、なんだそうです。
なるほどー。
ただ、日本の場合は終身雇用制なので、定年制も導入して、老若のバランスを取る、っていう意味合いもあったらしいです。
そして、日本では「定年」=「締め切り」という意識があるんじゃないか、という話につながり、そうなんだーと思った次第です。
つまり、日本人って、社会に出て働いている間は、何かの「締め切り」に向かって働いているわけですね。
仕事は、生涯を通じてずっとするものじゃなくて、「締め切り」を迎えたら終わるもの、という感覚なんだそう。
ということはです。
ひょっとすると、日本人にとっては「働いてその対価として収入を得る」ことを生涯続ける、という発想にはなりにくいんじゃないかと思いました。
自分は生涯現役で働くって、思う人、いるかもしれないけど、心情としては、どこかで終わって、あとは何もしないで過ごしていくイメージ。
定年過ぎても働いている人は、大変そう。
だって締切過ぎたのに、まだ、仕事してる。ちゃんと、終わりにできてない。
そんな、気持ち無いですか。
一方でもともと、日本人ってそもそもが働き者。
司馬遼太郎の受け売りですが、水田農耕が文化や社会の基盤になっていると、働き者になるそうです。働くことが文化なんですって。
そういう働き者の日本人が、「締め切り」で限られた期間だけ働く、となると、そりゃあ長時間労働だってできちゃうわけです。
「締め切り」に間に合わせて成果を出さないといけないから。
この場合の「成果」ってのは、別にはっきりした具体的なものではないのだけれども、とにもかくにも、「締め切り」なんですから、そこに至るまでは、なんでもいいから最善を尽くさなくっちゃ。
他のこと(自分の人生とか、家庭とか)はとりあえず犠牲にして、という心の持ちように、なっちゃうんだと思います。
ところで、先日、大和証券が定年後の再雇用年齢の上限を撤廃した、というのをニュースでやっていました。
もともと70歳まで再雇用していたのを、本人が希望したら70歳以上まで働いて良い、ことにしたのだそう。
それに関連づけて、街頭インタビューで、70歳過ぎても働くか、というのを、訊いてました。
40代とか50代のおじさんたちが、口を揃えて「そんな歳まで働きたくない」と答えてました。
そりゃそうだわ。
今は大変だけどなんとか「締め切り」まで頑張れば終われる、と思ってたのに、その「締め切り」が伸びちゃうなんて。
基本OSが働き者の日本人が、締め切り間際の最大出力で働いてる時を基準にさらに働き続ける、と考えたら、そりゃ、無理、でしょう。普通。
壊れちゃいます。
逆に発想を変えて、「締め切り」無しで、ゆったり、遊びもお休みも適度に入れながら、その代わり、ずっと働ける限りは働くってのは、出来ない相談なんでしょうかね。
これからの私たちは、そっちにシフトしていった方が良いんじゃない?
と思ったのでした。
ついでに、そのコラムに載っていたトリビア知識ですが、「定年」のルーツは江戸時代の大奥にルーツにあって、出産年齢を過ぎた女性に適応されたらしい。
そして、その伝統が明治以降も受け継がれ、工場で女性の定年を、30才と決めてたこともあったそうな。
なんだよ、それ。
と、思わないでもないですが、結婚したら「辞めるんでしょ」とか、出産したら「辞めるんでしょ」とか、
ごく普通に言われてきた私にしてみたら、なんとなく「そうなのか」、と腑に落ちたりもします。
そういうことを言ってきた人たちは、単に、
結婚や出産で仕事をやめない=「締め切り」すぎたのに、まだしんどいことやってる。
おいおい、大丈夫なん?って思って
気持ち悪かったのかもしれません。