とりあえず初めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

刑務所なう、刑務所なう2、刑務所わず+イワンデニーソヴィッチの一日〜を読んで

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上野千鶴子の”おひとりさまの最期”を読んで、自宅で望むような終わり方ができずに、自分の意に反したところで晩年を過ごす羽目になる可能性も、結構高いのではないか、と思いました。

 

そういう羽目に陥った時の参考に、その意に反した場所で過ごした人代表、ということで堀江貴文ソルジェニーツィン

 

ホリエモンの本は、友人が面白かった、とFBにあげていて興味があったので。

イワン・デニーソヴィッチ・シューホフは、昔むか〜し読んで、なんだかやたら寒いところで、登場人物が全員惨めで、お腹が空いてるお話、という印象しかなかったので、復習のつもりで読んでみました。

 

どちらも、自分の意に反して望まない場所での生活を、強いられている状況です。早くそんな所からは逃げ出したいけど、それは無理。

場合によっては、より過酷な環境に置かれる可能性もある。

その中で、心が折れることなく過ごしていけるのは、ホリエモンもシューホフも、何かを持っているから。

 

その一つは、仲間。

一緒に苦役を共にする仲間だけでなく、ホリエモンには面会に来ては励まし、時に彼をいじり、そして彼が不在の間、彼の事業を運営してくれる仲間がいます。

辛い環境で明るく生きるには、本人の資質も大切だけれど、支えてくれる友人の存在はもっと重要。

 

堀江氏については、新聞や雑誌で書かれていたこと以上にはよく知らず、東大に入って学生時代に起業したりして、頭は良いけど、現実社会での賢さのない人だったのかな〜、周りにいいように踊らされちゃった人なのかな〜、くらいにしか思っていなかったので、実際は、友達も多くて前向きな人だったんだ、それに割と普通の人、と失礼ながら意外な気がしました。

 

服役中も、別れた奥さんと子供に、ちゃんと養育費を払い続けていた、という記事をどこかで読んで、思ったよりちゃんとした人なんだな、と思ったりして。これも失礼(^^;)。

 

片や現代日本の刑務所、片や小説の中の強制収容所と時代も場所も環境も違えば、ホリエモンは実在の人で、高学歴のいわゆるホワイトカラー犯罪者、シューホフは無学な農民で、とばっちりで服役させられているおじさん、と相違点だらでの二人です。

 

でも、二人とも本質的な悪人ではないところや、仲間とのコミュニケーションがしっかり取れ、前向きに物事を捉えていけるたくましさがあるところが、共通しています。

 

でも、決して清廉潔白な人間ではない。

シューホフだって良心のとがめもなく食べ物をちょろまかしますし、仲間に取られないようお気に入りの道具は隠しておく。

 

でも、基本的に二人とも働き者で、ホリエモンは休日なんかいらないから、「仕事をしたい」と言い、シューホフは、せっかくの材料が無駄になるのが嫌で、危険を顧みず労働を続けてしまう。

そしてその真面目さ、勤勉さゆえ、仲間から信頼されているところも一緒です。

 

また、何より自由を一番渇望しつつ、その自由が、万が一「手に入らずに奪われてしまう=心が確実に折れる」状況を、わかっていて、そこは上手に他人事のように、客観性を持って扱う心理的賢さを、どちらも備えています。

 

結局、生き延びる事の出来る人間には、あらゆる違いを超えた何かが、存在するのです。

 

それは、どんな状況でも何かしら良い点を見出す才能。日々のささやかな事を楽しめる感性。

 

あらゆる自己啓発本に書かれている、単純この上ないことですが、やっぱりそこに尽きるのかな、と思います。

 

シェーホフは、夜、その日あった”良かったこと”を数え上げて幸せな気持ちで眠りにつくことができる人です。

ホリエモンは、毎日の食事のメニューを記載し、その感想をしつこいくらいに書いている。それも、美味しかった点を特に挙げて。

 

それぞれの主人公が、日々している事と同じようなことが出来るならば、きっとどんな環境でも、そこそこ幸せに生きていける、そう思った二作品でした。