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高い城の男〜フィリップ・K・ディック

アマゾンプライムでT.V.シリーズをコツコツと見ています。

やっとこシーズン1が終わったところ。

シーズン2に突入する前に、一応おさらいで原作を読み返しました。

高い城の男

ハヤカワ文庫版です。
新しいのは確かに表紙が黒でかっこいいかも。
前のはブルーだった気がする。
初代の本は、親の本棚から拝借してきた文庫本でしたが、埃と湿気のせいで、シミだらけとなっており、おまけにページをめくるたびに、その染み込んだハウスダストのせいで、くしゃみと鼻水が止まらなくなるため、やむなく処分して、新しく購入したのがこちら。
と言っても、買い直したのはもうだいぶん前だと思う。

本棚の奥から発掘してまいりました。

シリーズものほどには複雑ではありません。
登場人物もそんなに多くありません。

お話は、ロバート・チルダン氏が店を開けるところから始まります。
日本人相手の高級美術店を営んでいる彼は、顧客に田上信輔もいて、ちょうど、田上からプレゼント用の品を早く届けるようにプレッシャーをかけられています。
チクチクとプライドを傷つけられながらも、卑屈に商談を続けるチルダン氏。
そこに、やってくるのが梶浦夫妻。
テレビの梶浦夫妻と違って、育ちがよくて戦争の頃の軋轢も知らない若い世代の彼らは、真面目で『いい人たち』です。
チルダン氏が梶浦夫人に特殊な感情を抱くところはテレビシリーズでもさりげなく示されてましたっけ。
梶浦氏は政府の仕事をしていて、のちにはフランクのデザインしたアクセサリーに新しい才能を見出してくれます。

田上通商大臣(原作では通称代表団の高官となってますけど、同じようなものかな)は、やっぱりバイネスと会うことになってますけど、原作ではかなり小役人気質の神経質な人みたいです。
このいかにも中間管理職、という人を描かせるとディックって本当に上手。

フランクは話の始まりで、工場をクビになっています。
ジュリアナとはすでに離婚しており、やややけっぱちになっている。
ユダヤ人なのでドイツ領には行けないし、日本領で仕事がなくなると、暮らして行けないため切羽詰まっています。
別れた妻のジュリアナに未練たらたら。
彼らが別れたのは、主義主張の問題ではなくて、単純にジュリアナに贅沢させてやれるほど、フランクが稼いでいなかったせいでした。

なんだかんだで、ぐだぐだのフランク。
そこに、エドマッカーシーがやってきて、一緒に事業を立ち上げよう、と誘います。
エドは原作では、子持ちで工場長をしている、腕も良くて人柄もいい男です。
起業資金を手に入れるために、チルダンと工場のオーナーを脅迫するなど、結構大胆。

ジュリアナは、コロラドに住んでいて柔道の先生をしています。
美人でスタイル抜群、という設定は同じですが、高級な服が好きだったり、お買い物が好きだったり、とわりと俗っぽい性格。
贅沢好きで、気が強くて性格の悪い女の子を描くのもディックは上手。
ディック自身、3回くらい結婚と離婚を繰り返しているらしいので、その辺は実体験から来ているのかもしれません。

テレビ版でも、けっこう思いつきで行動してましたが、原作のジュリアナは、ダイナーで知り合った行きずりの男ジョーを、家に泊めちゃうし、誘われるままに一緒に旅行に行っちゃうし、かなり行き当たりばったりな性格。
てか、どっちみちジュリアナが選ぶのはフランクじゃなくてジョーなんだ。

そして、ライス大将(原作では領事)はニューヨークじゃなくてサンフランシスコにいる。

高い城の男と呼ばれるアベンゼンは、フィルムじゃなくて『イナゴ身重く横たわる』という題名の本を書いてベストセラー小説家になっています。
『イナゴ』本は、確かにアメリカとソ連第二次世界大戦に勝ったという設定の内容の本で、そのため、ドイツ領では発禁処分を受けていますが、日本領ではわりと簡単に手にはいる(本屋のベストセラーコーナーに山積みになってる)。

それから、テレビでは筮竹にはまっているのは田上通商大臣一人でしたが、原作では誰も彼も筮竹に凝っていて、わりとなんでも筮竹のお達しに従って行動しています。
ベンゼン筮竹のお告げに従った結果を『イナゴ』本にしたのでした。

実際、原作者のディックも作品を書いている時、筮竹のお告げに従って書いていたらしい。
ジュリアナの最後の行動は筮竹にお伺いを立てた結果だそうです。

ともあれ、話はアベンゼンを暗殺するためにやってきたジョーと、ジョーにナンパされて一緒に旅するジュリアナ。

オリジナルの装身具を売るビジネスを始めようとするエドとフランク。

田上とドイツのスパイであるバイネスと、ライス領事。
の、三つの舞台に分かれて進行します。

そして、ちょこちょことチルダン氏と梶浦夫妻が出てくる。

暗殺されたルーズベルト大統領のポケットに入っていたジッポのライターの逸話や、ナサニエル・ウエストの小説について梶浦氏がチルダンに質問するくだりもあります。
また、フランクの作った宝飾品をチルダン氏が梶浦氏に売ろうとする(本当は下心のあるチルダン氏が梶浦夫人にプレゼントしようとするのですが)一件も出てきます。
この辺りはテレビシリーズと一緒です。

テレビ版では、日本も原爆の製法を手に入れて世界大戦が起きようとしていましたが、原作でもドイツの主戦論派が日本と最終戦争をしようとしています。
その情報と、誰が主戦論派で誰が反対派かの情報を持ってバイネスはやってきたのでした。
バイネスがその情報を伝えたいのは、日本の天皇に近い地位にいる元参謀総長手埼将軍でした。
手埼将軍との会合の場に、ドイツの工作員が襲撃してきます。
銃撃戦となった時、一番活躍したのはなんと田上信輔。
コレクションしていたコルト44口径で、応戦します。
この銃、テレビ版でも出てきましたっけ。

終戦争の瀬戸際にいることを知り、ストレスでいっぱいの田上氏は、フランクの作った装飾品をチルダン氏から買い、それを眺めているうちに、こっちの世界、つまり日本が戦争に負けてアメリカが勝った世界に来てしまいます。
そのあと、無事元の世界に戻ってこれたけれど、心臓発作で倒れてしまうのでした。

フランクがユダヤ人であることを理由に拘束されるところも出てきますが、ジュリアナとは無関係に、単にユダヤ人だから、のようです。
ところが、ライス領事に腹を立てた田上が意匠返しに釈放してくれます。
まあ、自由の身にしてもらえたところは一緒ですね。


ジュリアナは、ジョーに教えられ『イナゴ』本を読んでみます。すっかり気に入ったジュリアナに、ジョーは「ファンとして、作者のところに行ってみよう」と誘われ、ついていきます。
ジョーは本当は暗殺者で、作者アベンゼンを暗殺する目的でやって来たのでしたが、アベンゼンが暗殺を恐れて警備の厳重な高い城に暮らしているという噂を聞いて、アベンゼンに近づくためにジュリアナを利用しようと思ったのでした。
それというのも、アベンゼンはジュリアナのようなタイプの女性に弱いという情報を得ていたから。

ところが、途中泊まったホテルで二人は大げんか。
そしてジュリアナは、洗面所に備え付けてあったカミソリでジョーを殺してしまいます。
というか、殺すつもりはなかったのだけど、カミソリの刃の当たりどころが悪くて、ジョーの首の動脈を切ってしまったのです。
虫の息のジョーを置き去りにして、お金とジョーに買ってもらった高級ワンピースはちゃっかり持ち逃げするジュリアナ。
原作のジュリアナは、かなりぶっ飛んでます。
ジョーも、原作ではDVっぽさの見え隠れする危険な男。

最後、アベンゼンの家に行くと(電話帳で住所がわかるってどうなの?)アベンゼンは、ごく普通の家に住んでて、呑気にホームパーティなんぞをやっている。
暗殺者のことを教えるジュリアナにも「もう、なるようになるのさ」みたいな投げやりなことを言ってます。

最後の方では、フランクとエドのデザインしたアクセサリーが売れそうになってます。
これでお金持ちになれたら、またジュリアナとよりが戻せるかな♡と、心躍らせるフランク。

ドイツと日本の最終戦争も、バイネスの情報のおかげで、なんとか外交作戦で避けられそう。
ここでやっとイタリアが、仲介役として出てきます。
その結果がまた皮肉なことになりそうな気配はありますが。

そして色々経験して、やっぱりフランクの元に帰ろうかな〜と思い始めたジュリアナが、アベンゼンの家を出てタクシーを探すところで、またいつものディックらしく、唐突に終わる。
でも、他のディックの作品に比べたら、なんとなく希望が感じられる終わりかたです。

戦争で、勝った国と負けた国が逆だったら?というSFはたくさんあるらしいのですが、その世界で、さらにその逆バージョンのSFがベストセラーになっている、という設定はディックならではのものらしい。

なんだかマトリョーシュカ人形というか、入れ小細工というか、独特の世界観だなと思います。
ディックは現実の世界と、別に並行した世界との境界が、曖昧になっていく小説をたくさん書いていて、アルコールや薬物中毒だった時の経験を書いているのだそうですが、主人公がはまり込むどっちの世界も、全然楽しくなさそうなところがディックらしいのかな。