とりあえず始めてみます老いじたく

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孤独な娘〜を読んでみました


ナサニエル・ウエストの『孤独な娘』
ええ、ディックの『高い城の男』で言及されている作家ですが、それが何か?

読んでみましたよ。

短いですしね、翻訳は丸谷才一ですから、文章は読みやすかったです。
「〜するところの」とか「いくつかの〜」なんて直訳丸出しなんかじゃもちろんありません。

でも、やっぱり作品自体は読みにくかった。
作品の世界観とか、当時の社会風俗とか、いろいろ、読み落としているところがあるんじゃないか、と思うのですが、一言で言うと、

何が書かれていたのか、さっぱりわからん。

『高い城の男』でも梶浦氏が、解説してほしいとチルダン氏に言ってますが、ワタシも誰かに解説してほしい。

まずですね、”孤独な娘”は娘じゃありません。
26歳の男性です。
新聞の身の上相談欄の回答者のペンネームなんですね。
ただ、ずっと”孤独な娘”のままで、本名が明かされることはありません。
身の上相談コーナーって、昔はどの新聞や雑誌にもあったらしいですね。
カタログハウスで時々特集をやっていて、結構面白い。
主人公のやっているコーナーも、単なる販促のためのコーナーで、新聞社内ではそれほど重要視されていないみたい。

でもって、どうやら身の上相談をしてくる人々は、あまり学歴のない低所得層の人たちで、主人公である”孤独な娘”や上司であるシュライクは、大学出のインテリで、出身層ももうちょっと上、らしい。
なので、相談してくる人々へは、良くも悪くも上から目線です。

解説では、主人公は、身の上相談をしてくる恵まれない下層階級の人々への共感から、心を病んでいく、とあるのですが、それほど身につまされているようには感じられない。

その上、この主人公、ちょっと暴力傾向もある。
恋人のベティにはDVチックだし、不倫相手のドリス夫人には文字通り暴力をふるってます。
酔っ払って、自分がボコられているシーンもある。

それから、ひょっとして隠れゲイなの?と思わせるようなシーンがある。
風と木の詩』は全巻読んだし、『昨日何食べた』も全巻揃えてますから、ゲイの世界に拒否感はないのですが、そう言う、紛らわしいシーンが入るせいで、作者の言いたいことがよくわからん感じになっている。
なんて言うか、共感できないんです。

まあ、26歳の戦前のアメリカ人男性で、DV傾向とゲイ傾向(これはワタシの独断ですけど)があって、階級格差が今より大きい時代のインテリ君にどのくらい共感できるか、は難しいと思うけど、そこをグイグイ読ませてしまうのが、ブンガクってものではないか、と。
おまけに、この人、

彼にとって、キリストは一番自然な興奮剤だった。

とか言ってて、キリストと変な一体感とか持っているし。

つっかえつっかえ読みました。
短いし、翻訳だって読みやすいし、各章の頭にはトピックスとなるようなタイトルもついてたんですけどね。

とりあえず、話の流れはと言うと、主人公の『孤独な娘』が仕事をしています。
いろいろな、切実だけど「本当かぁ?盛ってないかぁ?」と言いたくなるような悩み事の手紙が、出てきます。
それから、疲れ果てた『孤独な娘』が上司で先輩で、多分友達であるシュライクに励まされ、モグリの酒場に行く。
そこで、シュライクは牛みたいな巨乳で幼い顔の女の子を口説いているんだけど、後で彼は妻帯者だとわかります。

この作品には、体格が良くて支配欲の強い女性ばっかり出てくる。でもって、そう言う女性に暴力を振るう話が、やたら出てくる(私の読後感です、あくまでも)。

さて、酔っ払って帰った『孤独な娘』は夢の中で大学時代の友人と子羊を殺します。

ストレス(多分仕事の?)から強迫神経症気味になった『孤独な娘』そこでやっとこさ、婚約者の存在を思い出し、会いに行きます。
この唐突さ。
だいたい、プロポーズした後、2ヶ月もその娘さんから逃げまくっている時点で、アウトな気がするんだけど。
婚約者のベティは、せっかく会いに行ったのに、全然冷たい。
て言うか、こいつもそれほどベティが好きって感じがしない。
ベティもベティで、『あなたを愛してるわ』と言いつつ、その後すぐに『あなたがいらっしゃるまでは、あんなに楽しかったのに。今はすっかり駄目になってしまったわ。お帰りになって』とか言って追い出してます。

読み進めると、どうやら、このベティさんは”健全な世界”の象徴で、『孤独な娘』が陥りかけている”怪しい世界”から救い出そうとする存在なのかな?と思わなくもないのですが、やっていることが唐突すぎてよくわからん。

さて、追い出されて、欲求不満の『孤独な娘』くんは、一杯やりに行きます。
そこでは大学時代の友人もいて、女流作家をレイプする話で盛り上がっている。なんなんだ???
こういう、作者の露骨なミソジニーがどうにも、読みにくいのよ。

『孤独な娘』は一応、そう言う連中を下に見て、一人で飲んでいるらしいのですが、そのくせ、自分が話題になっているのを耳にすると、ついお耳がダンボになってます。
酒場でうっかりぶつかった男に、謝る間も無くボコられた後、『孤独な娘』は、公園で拾ったホームレスのおじいさん(?)を、酒場に連れて行って苛めます。ただの八つ当たり?
なんなんだ、こいつ。
弱いものいじめやん。
挙げ句の果てに、また誰かにボコられます。

悶々とするままに、ベティにも相手にしてもらえず、じゃあ、とばかりに(なんでそう言う選択肢があるんだ??)シュライクの奥さんを口説きに行きます。
シュライクは、妻帯者のくせに女の子を口説いてましたけど、嫁も嫁で、『孤独な娘』を誘惑してる。
なんだかなー。
結局、いいところで、シュライクが邪魔に入ってすごすごと引き下がるしかない『孤独な娘』。

欲求不満なまま、仕事場に行くと、「直接会いたい」と書かれた身の上相談の手紙が。
『孤独な娘』はほいほいと、手紙につられてドリス夫人に会いに行き、その場でベッドイン。

ところが、帰ってから体調不良で(良心の呵責か?一応)寝込んでしまいます。
そこにベティがやってきて、看病してくれます。
このベティもちょっと代理ミュンヒハウゼン症候群の気がありそう。

ここで、主人公がする説明が、一応この作品の世界の説明らしい。

たぶん判ってもらえるはずだよ。いいかい、最初から説明しよう。ある新聞記者が、身の上相談の係りに雇われた。発行部数を増やすのが目当ての欄なんだ。社の人間はみんな、冗談の欄だと心得ている。彼はこの仕事が気に入ってた。ゴシップ記事の係りになれる見込みもあったし、それにまあ、外回りの仕事にはうんざりしてたんだ。彼としても、これは冗談なんだと考えていた。ところが数ヶ月経つと、彼にはこの冗談がおかしくなくなってきた。大抵の手紙は、精神の支えになるような忠告を全く謙虚な心で求めているんだし、本物のの苦悩をたどたどしく表現している、、、そんな事情がわかってきたのさ。それに、手紙を出す方は彼を信じきっている、と言うことにも気がついた。俺は一体どう言う価値を基準にして生きているのか、生まれて初めて考えるはめになったのさ。考えてゆくと、自分はこの冗談の犠牲者なので、加害者の方ではない、と言うことがはっきりしてきた

のだそうですが、身の上相談を冗談だと、理解している時点でもう違うんじゃないの?

さて、謙虚な気持ちで言ったのに、ベティには理解してもらえないで「疲れているのよ」で済まされてしまう『孤独な娘』。

田舎に行けば、元気になるはずと信じるベティに誘われて、転地療法も兼ねて、ベティの実家に行く二人。
いいなぁ、すぐにお休みもらえて。

郊外のきれいな空気と、健全なベティと過ごしたおかげで、元気になったはずの『孤独な娘』でしたが、ニューヨークに戻った途端、やっぱり、駄目だと悟ります。
哀れな人々を謙虚な気持ちで救わなくっちゃ、と考える『孤独な娘』。
その考え方自体が、上から目線なんだよ?

で、ベティを振って、仕事に専念していると、ドイル夫人の夫が訪ねてきます。
と言っても、とりあえず『孤独な娘』と妻との本当の関係は知らないよう。
このドイル氏も悩みを打ち明ける手紙を持ってきたのでした。

ドイル氏と、『孤独な娘』のやりとりがちょっとゲイっぽい。
てか、『孤独な娘』の対応が。
ま、いいんですけど。

ドイル氏を家まで送っていくと、ドイル夫人が出てきます。
夫を追い出して、『孤独な娘』とまたいいことしたいドイル夫人。
ところが、『孤独な娘』はドイル夫人をボコって帰ってしまう。

そのあと、家で引きこもっていると、シュライクがやってきてホームパーティーに誘います。
内々の飲み会ですね。
そこで、身の上相談の手紙を肴に、飲んでいる人たち。
もう、プライヴァシーも、尊厳もあったもんじゃありません。

そこで、ドイル氏と思われる人物からの、妻をレイプした廉で『孤独な娘』に復讐をする、という手紙がさらっと読み上げられ、スルーされてます。

そのあと、ベティから妊娠していると知らされてプロポーズする『孤独な娘』。ベティが望むような仕事について、ベティが望むような生活をすると決心します。

その夜、キリストがやってきて、自分の身の上相談の原稿にOKを出してくれるという、宗教的体験をする『孤独な娘』。

これで、キリストと同格になって人々を救えると思った『孤独な娘』。

折しもアパートにやってきたドイル氏を、抱擁しようとしてもみ合いになり、ドイル氏に撃たれて階段を転げ落ちる、というところで話は終わります。

なんだかなー。
真面目すぎる青年が、苦悩するうちに妙な宗教的体験をして、人々を救おうとするんだけど、それまでの所業が災いして皮肉にも撃たれてしまう、という話、でいいのか?
全然、主人公、真面目にも真摯にも思えないんだけど。
最初の印象通り、DV入った変な奴です。

ディックは、この作家がよっぽど気に入ったのでしょう、『高い城の男』が作中で書いてベストセラーになる本の題名『イナゴの日』も、ナサニエル・ウエストの別の作品でした。
翻訳はされていないみたいだし、『孤独な娘』以上に不評だったらしいので、読まなくてもいいかぁ。