とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

The Power パワー


ある日、女の子が電気ウナギみたいに、電気を発生して電撃を放てることが出来るようになったら?
というお話。
魔法少女とかファンタジー系のお話かと思いきや、全然違います。

それどころかかなり、硬派な近未来SF小説でした。

ストーリーは5000年後の世界。
ある男性の考古学者が、かつてはこうだったんじゃないか、という自分の説を、小説仕立てで発表しようとしています。
彼は、メンターである女性の学者に自分の作品を読んでもらい、意見を聞きたがっています。

その小説が、この『パワー』。
舞台は現代です。
という、ちょっと複雑な構造のお話で、最初の方はイギリスの古典小説風に書簡が延々続いて、とっつきにくいのですが、具体的に主人公たちが出てくると、だんだん面白くなってきて、ぐいぐい読んでしまいました。

が描く小説には、ロキシー、アリー、マーゴットというそれぞれ立場は違えど、男性優位社会の被害を被っている女性が出てきます。
そして、少女たちが電撃を放てるようになった時期に、タイミングよくジャーナリストとなったトゥンデという男性。

女性たちは、状況はそれぞれですがほぼ同じ時期に、電撃を発生できる自分に気がつきます。
鎖骨のそばにある横紋筋の一部が変化して、電気ウナギのように電圧を発生し、電撃を放てるようになったのです。
その特殊な器官はスケインと呼ばれ、個々人でその威力に差があったり、コントロール出来る範囲に違いがある。

例えば、ロキシーは未だかつてない強大なパワーの持ち主ですが、アリーは繊細なコントロール能力を持ち、人間の神経系を操作して、気づかれずに相手の動きをコントロールしたり、神経系の疾患の治療ができます。
アリーは、その能力とカリスマ性のおかげで、マザー・イヴと呼ばれる教祖となり世界を変えていきます。

さて、スケインの発生は、原因不明、とされていますが、おそらく第二次世界大戦中に、神経ガス攻撃に対して耐性をつけるために開発された薬剤が、戦時中に環境中に放逐され、回り回って世界中の女性に変化をもたらしたようでした。
そして世代が変わるごとに、その変化が顕著になり、戦後70年経った今になって、世界中で同じように電撃を放つ女性が現れ始めたのです。
最初は幼い少女たちが、自分たちの能力に気がつき、ついで年上の女性たちにも教えていき、あっという間に世界中に広まります。

初めの頃は、ちょっとびっくりさせるとか、軽い怪我をさせる程度の電撃でしたが、やがてトレーニング次第では相手を殺傷する威力を持つようになっていきます。

マーゴットは、アメリカのある地方都市の市長をしています。
離婚して娘二人を育てる母親でもあり、教育があって成熟した思慮深い女性ですが、上司でもある州知事であるダニエルという男性優位主義者に、うんざりしている日々を送っています。

最初の頃、”パワー”を行使するのは、主に家庭内暴力や性暴力の被害に苦しむ女性たち(一番、”パワー”が必要そうな立場の人間です)です。
さらに国名は出さないものの、女性の公の活動が極度に制限されている地域の女性たちが、行動を開始します。

その辺りは、読んでいてなかなか爽快です。
弱い立場の女性たちが、自力で自由を勝ち取っていきます。
ただ、力、というものは善かれ悪しかれ、なんらかの影響を与えるもの。
まだ幼い少女たちは、自分たちの持つ”パワー”をうまくコントロール出来ず暴力沙汰が増え、それに過剰反応する社会的な勢力が出てきます。

トゥンデはたまたま初期に、少女が電撃を発する現場をスマホに録画し、YouTubeにアップしたことから一躍有名なジャーナリストになりますが、男性優位主義者ではなく、当初は虐げられた女性に同情的な立場をとります。
いわば、普通の男性代表。
人好きのする好青年であり、極端な思想主義に染まっていないおかげで、いくつもの主要な場面に立ち会い、危険な場面を切り抜けていきますが、結局、歴史に名を残すことなく、消されてしまいます。

マーゴットは、少女たちが”パワー”を平和的に使用できるようにと、訓練用キャンプを設立。
”パワー”の暴力的使用を減らし、社会不安を解消、治安維持に効果があると評価を得ます。
しかし、男性優位主義者との軋轢も生じ、各地でテロ攻撃が起きるようになります。

バランスのとれた政治家であったマーゴットは、テロ攻撃(?)で娘が犠牲になったあたりから、だんだんと戦闘的になっていきます。

もともと麻薬の密売人の娘であったロキシーは、”パワー”の出力をより高めるドラッグを合成。
父のネットワークを使って世界中にドラッグを広めようと図り、マーゴットはドラッグを投与して、特別に訓練した女性たちを兵士として防衛に起用しようとします。

時々CMのように挟まれる、ニュースキャスターのクリスティンとトムの関係や会話がだんだんと変化していき、世の中の移り変わりを、それとなく暗示しています。
やがてトムが解雇されて、クリスティンがメインキャスターになり、彼女のアシスタント役として、間の抜けたコメントしかしない、可愛い若い男性キャスターが起用されます。
その頃から、広告や様々な映像を通じて『強い女性とその女性に気に入られるよう振る舞う可愛い男性』という構造が、人々の意識の中に刷り込まれていきます。

やがて、ある小国で内戦が起こり、ドラッグによって人為的に強化された女性兵士たちが、その副作用(?)で狂乱した行動に出始めます。
結局、力があってもちゃんとコントロールできないと、禄な事にはならない。
という事ですね。

徐々に世界は暴力的になっていき、ついに最終戦争突入。

となったらしい、というのが5000年後のが書いた小説。

最終章では、再び著者である男性作家とのメンターとの往復書簡が出てきます。
その中で、メンターである女性学者は、を励ましつつも、この素晴らしい内容が単なるジェンダーの枠に収められて正当な評価を得られないことを恐れ、善かれと思って、女性名で発表することを勧めます。

多くの女性作家が男性名で作品を発表してきた歴史や、最近、アカデミーノミネートになった作家夫婦を描いた映画を思い起こさせる一場面。

もしも男性が世界を支配していたら、もっと平和的で穏やかな世界になっていたはずです、としごく真面目に意見を述べる女性学者。

さらに気づいたのは、小説内で母性愛についてほとんど語られていない点。
主要登場人物中、唯一の母親であるマーゴットは娘の為に、と政治活動しているように見えますが、母性愛というより親としての義務感のようにを感じる。

むしろ、子供を守って育てるために、男性は優しくて家庭を守るように、女性は攻撃的になるように進化したという説が、当然のように受けれられていたり。
他にも様々な部分で、男性と女性を入れ替えて論じた意見が、ごく当たり前のように交されているあたり、著者の皮肉が効いています。
あとがきと解説まで真面目に読むと、さらに考えさせられました。


実際には、誰の鎖骨にもスケインは存在しないのですが、あったらちょっと楽しいかも、なんて思ったりして。
少なくとも、スマホの充電について困ることはなさそうです。