とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

限りなくまっすぐで、ずれてる愛

末期癌の患者さん。
もう延命目的の抗がん剤も副作用が辛いと、辞める決意をされました。

『たとえばね、月曜日の抗がん剤をするとするでしょ?そしたら、その日は、朝から病院で点滴して、お昼に家に戻って、夕方くらいからぐったりしんどくなって来るの。それから、どんどん調子は下り坂でね。
火曜日、水曜日と寝たきり。
家のことをしたいけど、身体が動かなくて。それでも、身体を騙し騙し家事をして。それが辛いの。
でももう木曜日くらいには、こんなにしんどいなら抗がん剤なんて二度としないって思うの。家族は心配して色々言ってくれるけど、誰にもこの辛さはわからない。
自分でも、わかっているんだけど、つい八つ当たりしちゃったりしてね。
我ながらなんて嫌な人間なんだろうって思うと情けなくなる。
土曜日くらいになったら、なんとなく、あ、少し良いかな?って思える時があるの。食事も少しなら摂れるようになってね。
日曜日にやっと人並みの人間に戻れたって気がして来る。
でも、もうその翌日にはまた抗がん剤なのよ。
もう、ずっとその繰り返しで、私なんのための人生なんだろうって思っちゃって』
それで、やめる決意をしたそうです。

やめる、ということは勇気がいることです。
だけど、その気持ちもよくわかる。
私だって、同じことを考えると思う。

ところがご主人は納得がいかない様子。
どうしても、抗がん剤を続けて欲しいそうです。

『私は仕事人間で、家のことはずっと家内に任せていました。ずいぶん、苦労もかけて来ました。妻は愚痴ひとつ言わず、ずっと付いてきてくれました。
だから、そのお礼も兼ねて、退職したら妻と海外旅行をしたり、一緒にいろいろな事をしたりと楽しもうと思っていました。
旅行の計画も立てていたんです。
なのに、やっと仕事から解放されて、いよいよという時になって、妻が癌だと言われて。
私は、妻に治って欲しいのです。
そして、計画していた旅行に連れて行きたいのです』

ご主人の言い分は、一見、優しい旦那様のように見えます。
でもね、現実問題として奥様は治らないのです。
残念ながら、どんどん病気は進行していきます。
抗がん剤は、単なる延命にしかならない。
薬を続けても、ただただ、副作用で日常生活も普通に送れない状態のままです。

せめて最後の時期はもう少し楽に過ごしたい、というのが奥様の希望です。

いっぽうでご主人は、ご自分の計画した通りでないと嫌なのです。
癌が治った妻と、楽しみにしていた海外旅行ができないと、妻孝行ができないと思っているのです。
その海外旅行だって、本当に奥さんは行きたいかどうかわかりません。おそらく、行きたかったのはご主人だけではないでしょうか。
見たところ、仲睦まじいご夫婦のようでした。
亭主関白の男性に、黙ってついて行く古風な奥様。
男性にとっては理想の妻だったのでしょう。
でもそんな奥様も、健康までは夫の希望通りにはならなかったようです。

今まで仕事ばかりで、妻や家庭を顧みなかった罪滅ぼしに妻を楽しませたい、という言葉は立派です。
優しい旦那様に思えます。
でもその裏側に、自分の思った形でしか妻を大事にしない、独りよがりな思い込みが透けて見えるような気がしてしまうのです。

どうして、今の奥さんの状況を受け入れられないのでしょう?

死ぬのは怖いけど、自分の人生を苦痛だけで終わらせたくないと、勇気を持って決断した奥さんのその決意を揺らがせるようなことを、どうして言うのでしょう。
愛する妻のためを思って言っていると、思い込んでいるその愛情。
その妻の本当の気持ちを、ちゃんと聞こうともしていない。
ほんとうは、置いていかれる自分可愛さに、無理やり治療を受けさせようとしているのだ、と言う自覚すらない。

悲しいほどにずれている、すれ違っている。

どうか、ありのままの奥さんを愛して受け入れてあげて欲しい、と思ったのでした。