とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

外科医が無口になる時

先日は、朝6時半に家を出ました。
8時半入室の患者さんがいたので。
家から病院まで約1時間15分かかります。
着いてから着替えたり、必要な器具やお薬準備したり、といった時間をいれると、やっぱり2時間前に家を出ないと間に合いません。。
普段は朝7時に家を出る習慣なので、30分違うとけっこう辛いものがあります。
まあ、そこはお仕事だからね、頑張らねば。

さて、朝一番の時間枠で手術をするのは、病院一手術件数も患者さんも多い、名物外科医の某先生です。
いかにも昔の外科医、という感じの某先生。
病院での勤務歴も長い熟練の先生ですから、手術の助手に入る看護師も経験豊富な古参の看護師さんばかり。
“チームDr.某”状態です。
何しろ全てが分刻みで進行しますからね、麻酔も気が抜けません。
ちょっとでも遅くなると、介助している看護師さんが時計見て逆算し出すのがわかるから、すごいプレッシャーなの。
なのにそういう時の患者さんに限って、硬膜外麻酔や脊椎麻酔が、また入り難い(涙)。
『しっかり、丸くなって背中を突き出す様にしてくださ〜い』とお願いしてるのに、なにをどう勘違いするのか、逆に背中を引っ込めて、仰け反ってたり。
ワタシ、イマニホンゴハナシテルヨネ?
と一瞬不安になったり。

無事に手術が始まっても、気が抜けません。
“普通の先生だと、この辺りまでにこのくらいの時間がかかるから〜”なんて言う計算が、当てはまりません。
とにかくぐんぐん進むので、気がつくともう終わりそうになっていて、早く次の症例の準備をして置かないと追いつかないっっ(汗っ)、なんて事態にも。
まさに“息継ぎすると、そこで失速して溺れるから息継ぎなしで最後まで行く”、と言う感じになります。

某先生が手術をしている様子を見ていると、本当に整形外科って大工さんみたいだなぁと思う。
膝の手術なんて、のみと鉋でちゃっちゃっと形を整えて、新しい膝をトントンはめ込んで、、、だもの。
ところで股関節や膝を人工関節に入れ替えた人のレントゲン写真は、関節のところが金属なので、ちょっとかっこいい。
見た目か弱そうなごく普通のオジイチャン、オバアチャンだけど、その実中身はサイボーグ!?みたいな感じです。

さてこの某先生、普段からよく怒鳴る。
怒鳴るけど、すぐけろりと忘れてあと引かない。
この辺りも、昔ながらの外科医。
始まってすぐに、器具を渡す看護師をがんがん怒鳴り始めるのは、実は割と調子の良い時。
そして絶好調の時は、すぐに下ネタトーク(*1)になります。
女性スタッフは、絶対に苗字で呼びません。
すべて下の名前+ちゃんづけ(*2)。

そうしてこうして、ぶいぶい飛ばして三症例目。
いつも通り、予定より30分早まって始まりました。
なんとか、大きな遅れも生じさせることなくついて来れた私。
よく頑張りました、誰も褒めてくれないから、自分で自分をこっそり褒めてあげる。
正直、なんとか今日も無事終われそうだ、と内心思っておりました。

が、しかし、しかし世の中好事魔多し、そうは問屋が卸さない。
確かにね、再手術(いわゆるRe opeってヤツです)の症例ではありました。
昔々、人工骨頭置換術を受けた後、そこが折れてしまったという方。
以前入れた部分を取り出し、修復し、新しいものを入れなくてはならない分、時間もかかるし、出血も多くなる。
多少は覚悟していましたけど、なんたって、天下のDr.某ですから、なんだかんだ言っても予定時間内には終わるはず、と期待していたのです。
、、、てか、いたのでしたが、思ったより進度が遅い。
整形外科の手術には疎い私ですら、今、ここのあたりを操作しているということは、まだまだこの先アレとコレをしないといけないから、まだかかるよね、、などと、予想がつくほど。
出血も思ったより出ています。
そして何より、某先生の口数が少なくなって行く。
これは良くない兆候です。
外科医が無駄口を叩かない。
これは、機嫌が悪くて怒りに任せて怒鳴りまくっている時よりも、さらに不穏な兆候です。
つまりはこの先の長丁場に備えて体力を温存し始めた、ということ。
熟練の外科医ほど、手術の進行度の先読みに長けているもの。
こうなるとこの先、どのくらいかかるか予想もつきません。
そして、そんな先生に合わせて、静かになって行く助手たち。
手術というものは、時間や結果がどうあれ、とにかく最後まで終わらせなくてはなりません。
だんだん重くなる空気の中、淡々粛々と業務をこなす。
『何時までには終わるよね』という希望はやがて、『とにかく終わってくれますように』というように、だんだんとそのレベルを下げていく(*3)。

そして予定よりかなりオーバーではありましたが、無事終了。
あぁ、くたびれたぁぁ( ̄Д ̄;) P
たまには、こういうこともある。
と外に出ると、もう日が暮れていました。
さすがにその後、1時間半かけて歩いて帰る気もせず、とぼとぼと電車通りまで歩いて、市電に乗って帰る。
なんだか最近、こういう日が増えている気がするのだけど。

非常勤なので、本来は時間が押しても、誰か交代の先生がきてくれるはずなのですが、その交代の先生すら来れないほど、手術室全体が忙しかったのです。
若い頃は、ちょっとくらい長くなっても『いいや、今日の症例は勉強になったし!』と思えたけど、今の私の目標は、がんがん働くことじゃなくて、そこそこでいいから、細く長く続けて行くこと。
体力や気力を温存するためにも、できれば早く帰宅してゆっくりしたいのです。
こんな日が続くようなら、そろそろ潮時、なのかなぁ。


*1:下ネタトーク
下ネタトークは、だいたい手術の時のお約束でもあります。
多くは手術も終盤にさしかかり、あとは縫うだけ(閉創)の状態になった頃に、自然発生的に始まります。
ある男性Dr.の解説によると、異世代間で差し障りなく気軽に会話をしたいと思うと、必然的に下ネタトークになるのだそうです。
その場に女性がいると、気を使って下ネタトークを封印する先生もいますが、大抵はあまり気にしてないですね。
手術室で働く女性スタッフは皆さん、心が広いですから、『セクハラ💢』などと怒ることもなく、微苦笑で受け流してますけど。

*2:女性は下の名前+ちゃん付けで呼ぶ
こういう習慣をお持ちのおじさまは結構おられるのでは。
これも若い女性は結婚してすぐ名前が変わるので、覚えてられないから、という深い理由があるのだそうです。
ちなみに、私のようなおばさんになると、さすがに怖いのか、もう今更名前が変わることもあるまいと判断されるのか、そのような呼ばれ方はされません。

*3:希望のレベルが下がっていく
手術の予定時間がオーバーしがちな科の代表といえば、脳外科と形成外科。
整形外科はむしろ、時間通りに終わることが多い印象です。
(たまに遅〜い先生もいるけど、そこはお互い様、なので)
ただ普段早い分、少しでも押すと、『なんか今日はえらい時間かかったよね〜』などと言われてしまう。
逆に、いつも遅い先生がたまに時間通りに終わると、看護師さんやスタッフから『〇〇の奇跡』などと言われたりします。
本人は知らんのやけどね。