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「延命治療」を親に強いるのは圧倒的に50代息子が多い理由〜を読んで

台風が日本列島を縦断した日曜日、ネットの記事をあれこれぶらぶら読んでいたら、こんな記事がありました。

diamond.jp

普段、嫁や姉妹に親の介護を任せっきりにしていて、いざとなると『ここは男が決めないと』とばかりにしゃしゃり出てきて、全てをひっくり返してくれるおじさん。

本当に、終末期の患者さんを診るときの、”あるある話”です。
うちの院長も、延命治療はしない看取りを希望されるご家族には、
『今のうちに、他の家族さんとも話し合って意見をまとめておいたほうがいいですよ』
と話すことが多いです。

”家族みんなが、同じ方向を向いていると一番いいですね”

って言ってます。

でないと、いよいよとなってから、突然都会から帰ってきた一家の出世頭の息子(娘のことももちろんあります)が、『待った』をかけてなし崩しに延命治療、と言う流れになってしまうことは、少なくありません。
都会で揉まれてきた上に、一家の出世頭だったりする人は、声もでかいし弁も立つので、周りの家族もつい気圧されて何も言えなくなってしまうのですね。

記事でも、こう書かれていました。

「傾向としては、お嫁さん任せで、なかなか介護にコミットしなかったご長男、あるいは遠方に住んでいて、施設任せできたような家族に、そういう治療を望むケースが多いですね。

 それまで親と、きちんと向き合えていないから、いざその時が来た時に、子どもとしての覚悟が全くない。だから右往左往し、本人が決して望まないことを強制する。子どもとして、今まで向き合ってこなかった分これからなんとかしたいから、最善という名の下、望まない延命治療をさせてしまう、というのがよくあるストーリーです」

 しかしそれは、子にとっての最善であって、親にとっての最善ではない。

「ちょうど孫が生まれると、祖父母が両親の意向を無視して、あれこれ買い与えることがありますよね。それと似ているかもしれません。本人にとっての幸せよりも、延命治療して長生きさせることで自分は最善を尽くしたという、やりきった感が得たいのではないでしょうか。

と、もうその通りなんですよ、とうなずいてしまいました。
記事ではさらに、

無論、延命を望まない人ばかりではありません。中には、胃瘻や人工呼吸器、人工透析など、できる限りのことをしてもらい、少しでも長生きしたいという方も当然います。何が幸せかは、人それぞれ。要は親が倒れる前に、ちゃんと話し合いができるうちに、どうしたいのかを確認しておくことが大切なのです。それをしていないと、本人によかれと思って選んだことが、逆に、苦しめてしまうことになってしまう。

と書かれています。

実際、90代の開業医の方で、在宅医療を長年続けてきた方の希望は、なんと”積極的な延命”。
心臓マッサージに始まり、胃瘻も、気管切開も、呼吸器使用も希望だそうです。
お父さんの跡を継いで医師になった娘さんに、そのように明言しているそうです。

ただ、これは私の勝手な私見ですが、この方の場合は、”少しでも長く生きていたいから”ではなくて、医師として自分が行ってきてしまった処置を自ら経験することが、今まで診てきた患者さんへの贖罪になるから、そしてさらに、跡を継いでくれる娘さんにも、患者家族の気持ちを学んでほしいから、と言うのが理由なのではないかと思っていますけど。

この記事には、本当に普段、私たち終末期を見ている医療者が言いたいことがズバッと書いてあって、嬉しくなります。

つい、延命治療を希望してしまう50代の子供世代をただただ、普段からの触れ合いが足りなから、想像力の欠如だから、辛い決断を先送りしているだけの行為、などと非難する内容では決してありません。
むしろ、そんなときにどうしたら良いか、と言う心構えを説いてくれています。

親の介護プロジェクトには3つの特徴があります。一つ目は有期性。必ず始まりと終わりがある。二つ目は独自性。何が幸せなのかは人それぞれ。このプロジェクトは必ず他とは違う独自性がある。三つ目は、続けるうちに、だんだん全体像が見えてくる。最初は見えないのが当たり前。そういう視点を持ち、「本人と家族がおだやかである」ことをゴールに定めて計画し、要所ごとに評価し、必要とあれば修正をかけていく。

これらを一人で決めてはいけません。家族、医療者、ケアマネジャーなど、専門的な意見も取り入れながら、本人にとっての最善を探ります。ただし、医療者の言いなりにはならない。一回で決めない。皆で悩む。そうやって意思決定を図るのが、最も悔いの残らない決め方です

つまり、”親の最期を看取るんだ”、と思うからつい慌てておろおろしてしまい、感情的になってしまうのだから、まずは落ち着いて、これも一つのプロジェクト、達成すべき課題と捉えることから始めよう。
そうすれば、自ずとやるべきことも見えてくるはずですよ。
と、優しく言ってくれてます。

誰だって、未経験のことは怖いけど、どこかしらに今まで慣れ親しんできた視点があれば、そこを手がかりに進んでいけますし、『どうしたらいいのか』がわかっていれば、怖いことはない、のです。

記事の最後はこう結ばれています。

50代ビジネスマンの皆さんにはまず、いざという時もうろたえず、「親にとっての幸せは何か」を第一に考えて判断し、行動できる、本当の意味での孝行息子でいてほしい。「プロジェクトマネジメント」というビジネスライクな響きがあるこの言葉は、そんな自分に立ち返る、おまじないでもあるのだ。

いよいよ親の容体が厳しい、どうしよう?
そんなときに慌てないで済むよう、特に50代おじさんたちに限らず、読んでおくべき記事、だと思ったのでした。